「経営課題調査~組織・人事編 2023」では、個別課題の調査として「『ジョブ型』の人事・評価・処遇制度の導入状況」や「場所にとらわれない働き方」「リスキリング」など、近年注目されるHR施策や働き方の潮流について質問を投げかけています。これらの課題に経営者や人事はどう向き合うべきか、前編に続き髙倉千春氏に、人事のプロの目から考察していただきました。(取材・文:若槻基文、撮影:西﨑進也、編集協力:東洋経済新報社)
もともと日本企業は、毎日出社して一緒に働くのが当たり前という意識が強くありました。しかし、もし出社しなくても社員一人ひとりが仕事を通じて価値を生み出せるなら、みんなが「右へ倣え」で会社に来るのではなく、それぞれいちばん働きやすい場所で働くほうが望ましいわけです。これが働き方改革などで想定していたテレワークの意義だと私は考えています。
ただ、そこに突然新型コロナウイルスが流行してしまい、そうした自覚抜きで、誰もがテレワークをするのが当たり前になってしまいました。「自由」には必ず「責任」が伴います。働く場所を自分で自由に選べるといっても、それでちゃんと成果が出せるかどうかが一人ひとりに問われます。むしろそういう責任意識に慣れていない個人にとってテレワークは厳しい働き方ともいえるでしょう。
管理職側も大変です。直接顔の見えない部下たちの仕事ぶりを管理するのは簡単なことではありません。責任のすべてを部下だけに押し付けるわけにはいきませんから、自分の部下たちがテレワーク環境でもちゃんと成果を出せるか、最終的な責任は上司に問われます。角度を変えると、大きな最終的なチームの目標が明確に共有できて、各自に権限委譲して自由に発想、実行することをマネジメントができる上司であればどんな環境でもチーム運営ができるので、上司側のマネジメント力を強化する必要があります。
加えて感情の問題も伴います。今の管理職世代は、「最近は多様な働き方が求められる時代だから」と表面的には受け入れていても、心の中では「なぜ会社に来ないんだ」と感じている方が多いはず。自分の感情もコントロールしながら、テレワークという新しい環境でもマネジメントスタイルを身に付けていかなければいけなくなったのです。前向きに取り組むのは決して簡単ではなく、なかなかの試練でしょう。
オフィス勤務回帰が広がっているのも、こうした背景があるのではないでしょうか。その意味で日本にテレワークが本格的に定着するには、まだ時間がかかると私は考えています。
ただ一方で、対面でのコミュニケーションが知的創造性を刺激して、新たなアイデアを生み出す効果があることは確かです。昨年シリコンバレーを2回ほど訪れましたが、先進的なデジタル企業はどこもおしゃれなカフェのようなオフィススペースを取り入れていました。そういう環境で気持ちを開放させて互いにディスカッションするほうが、新しい創造性が生まれるという、経営戦略なのでしょう。
日本企業もテレワーク推奨一辺倒ではなく、対面でのコミュニケーションの効果や価値についてもしっかりと考えるべきだと思います。「部下の行動を直接見ていたいから」「会社に来たほうが安心だから」ではなく、どんなときに何のためにオフィスに集まって仕事するのが効果的なのか、出社の目的を明確にすべきだということです。
日本の経営者や人事の方とお話ししていると、目的や意図が曖昧なままジョブ型導入を検討しているケースが多く、その点を少し心配しています。課題の本質は、前編でもお話ししたように、日本の働き手の専門性やプロフェッショナリティを強化していくことにあります。
世界市場で競争優位にある欧米企業では、事業戦略と人事戦略をしっかりと連動させ、その文脈でジョブ型を活用しています。先行きの不透明感が強い中で企業経営をサステナブルにするには、主力事業が健全なうちに、次なる収益の柱となるような新事業創出に挑戦することが不可欠ですし、新事業を創出するにはその領域で専門性を有する人材が欠かせません。したがって、将来の事業戦略の展開を見据えた人財要件を検討し、それを踏まえた適切な人財の登用、また期待する成果に対する評価・処遇制度をグローバルレベルで構築し展開しています。
ですが、日本企業は、今まで上記のような可視化された枠組みで適材の登用、評価、処遇を行うこのような発想が十分ではなく、これから、不確実な時代にスピードをもって外部環境の変化に対応するには、将来を洞察して人事要件を検討し、登用、育成、抜擢を行う人財マネジメントの仕組みが不可欠と考えます。つまり、ジョブ型の意味を十分考えて展開する必要性もデータから見えてきます。
将来性のあるジョブを創出できないまま、雇用体系だけジョブ型に移行してしまうことは弊害が多いです。おそらく中高年層を中心に従来のメンバーシップ型で働いてきた人材が活躍できる場が限られてしまう可能性があります。
外資系企業では、早期退職などで組織の新陳代謝を促すやり方も見てきましたが、組織全体の士気を高め、また、今後の少子化による労働力不足を考えると、各社員の持ち味を生かして全員が戦力になっていく施策が必要だと思います。社員側は、新しい価値を生み出せるように自己向上する緊張感を持ちながら、一方、会社側は新しいジョブの機会を生み出せるように社員各自の自発的な挑戦を促すことが重要と考えます。
経営者や人事部門の方々は、雇用体系をジョブ型に移行することを目的とせずに、事業創造を通じて新たなジョブを生み出すとともに、社員一人ひとりにも目を向け、資質・能力や本人の意向を踏まえながら、キャリア形成を丁寧に支援していく必要があるのです。
自律的なキャリア開発支援で留意していただきたいのは、社員一人ひとりのキャリア観はきわめて多様だということです。これは世代ごとでも大きな違いが見られます。
たとえば最近の20代の若手社員は、「キャリア自律」や「リスキリング」に非常に強い関心を持っています。人生100年時代となり、少なくとも70代になる頃までは働く必要があるけれど自分は大丈夫だろうかと、焦りのようなものも感じているようです。とはいえ、社会人としての経験値も乏しい中で、将来のキャリアを自律的に考えようとしても限界があります。
私自身、若い頃にいわゆる“お茶くみ・コピー取り”などの仕事も経験しましたが、そこで中高年男性の上司たちとコミュニケーションする中で学んだことは貴重な財産で、のちに人事の仕事をする際には大いに役立ちました。古い考えかもしれませんが、20代は、理屈でキャリア自律を考えるだけでなく、人間が社会で生きて働くとはどういうものなのか、実体験を多く積んでいくことも大切でしょう。
一方で難しいのは、今現在、企業のフロントラインで活躍している50代以上の中高年層です。時代が変わったからと、今さら「キャリア自律が大事」「キャリアオーナーシップを持て」と言われても、そう簡単に意識転換できないのが実情だと思います。
このようにキャリア自律と一口に言っても、それぞれ受け止め方が異なります。キャリアの捉え方は多様であることを経営者や人事部門が改めて認識したうえで、ジョブ型の話と同様、社員一人ひとりのキャリア形成にしっかり寄り添う必要があります。それなしでキャリア自律を求めても、表面的な施策で終わってしまうのではないかと懸念しています。
中高年層の社員たちの心情に響くようなメッセージを、経営陣や人事部門が発信することが大切です。50代になって「自分でキャリアを考えろ」と会社から突き放すように言われたら、自分の人生が終わるような気持ちになるかもしれない。今まで会社の成長を支えてきたのは同じ年代の社員の皆さんなわけですから、この貢献についてもしっかり目を向けていかなければなりません。そして、当然ながらこれで人生が終わるわけではありません。人生100年時代ですから、まだまだ先は長いのです。長い人生を健康に元気に生きることを前提に、会社を辞めた後まで含めてキャリアを考えていく必要があるのです。
50代以上の人には、定年以降も含めてこれからの人生をどう過ごしたいか、今までの会社貢献の中で自分の強みや特性は何か、それを生かして次に進むために必要なリスキリングとは何なのか、現在働いている会社の枠を超えて考えてもらう必要があるでしょう。社内起業制度を取り入れたり、副業・兼業を認めたりするなど、50代のこうしたキャリアビジ ョンを企業側が支援する方法もたくさんあるはずです。
そうですね。仕事人生だけでなく、寿命を全うするまでの期間をよく生きるのが人の幸せで、それを支えるのが究極のウェルビーイング経営なのだと私は思っています。私は、会社というのは人類が発明したすばらしい組織体だと考えていて、工夫次第で、社員一人ひとりがウェルビーイングを実感できるさまざまな価値や機会を提供できるはずです。
とくに経営者の皆さんには、社員の幸せの追求を応援するという意味でのウェルビーイング経営にぜひ取り組んでいただきたいです。「しあわせは歩いてこない」と歌われるように、「行動」を伴わないと幸せは得られない。行動を促すことが大切だということです。
経営者の方々が力を発揮すれば、社員たちに多様な選択肢をそろえて行動を促すことができる。結果的にそれが全員戦力化にもつながり、会社全体の成長にもつながるはずですから。